240315 祖父のこと
今年3月に祖父が亡くなった時のメモが出てきたので記録しておく。
----------
「あなたは自分の意見を強く言えないところがあるからもっとでしゃばりなさい」と私に言った後にわざわざ電話で「あなたも自分なりに頑張っているだろうに余計なことを言った」と訂正してくるぐらいまっすぐな人。たまにしか会えていなかった私でもうんざりする時があるぐらい頑固だけれど、それは保身のための頑固さではなく、自分が思う正しさを全うするための頑固さだ。
「汝の立つところ深く掘れ、そこに泉あり」という言葉を教えてくれて、私の研究生活を支えてくれた。
思い返せば良い思い出ばかりで、自分の精神形成への影響の大きさに驚くほど。いまは、その不在を思うたびに寂しくなる。
人の生き死にに良し悪しの指標は持ち込みたくないけれど、(ここまで)
----------
けれど、の後に何を書こうとしたのか、半年経った今ではもう忘れてしまったけれど、たぶん「一緒に過ごせる間に十分に言葉を交わすことができて良かった」とか「祖父らしかった」とか書こうとしたのだと思う。
哲学者の千葉雅也さんがご自身のお父様を亡くされたことに関する一連のツイートの中で、「亡くなった人の魂は、残された言葉に宿るのでは」というような言葉を見かけた。確か千葉さんの叔母様の言葉だったそれは、生前に沢山の手紙をくれた祖父と繋がって、祖父が亡くなって以来の私の心の拠り所だった。
先日、祖父からの手紙が増えた。両親のもとに届いていた今年の年始挨拶の手紙を、私が貰い受けた。今年も元気に暮らす意気込みが感じられる文面を見て切なさに一瞬苦しくなったが、しばらく経って、そのような前向きさで最後の日々を過ごすことができて良かったと思った。
祖父と一緒に過ごした記憶と、書き残された言葉と、それらに対する我々からの解釈の余地が残された。悲観することもなく、美化させることもなく、少しずつ取り出して解釈を重ねていく。そうしていくうちに少しずつ私は歳をとる。一緒に暮らしていなくても、もうこの世にいなくても、祖父は私を育み続ける。
221215 記録
・見えづらい困り事が一番困る
私は前歯の並びが割ときれいなのに、奥歯にはトラブルが起きまくっている。なんなら必要な歯が生えていない。その困りごとについての記録。面白いので。
論文をpublishしきって残すは博論だけ、という状態になって、時間にも心にも余裕が出てきた。そこで、行こう行こうとは思っていた歯科大学病院についに行った。
・私と歯との戦い(10代・アゴ狭すぎ編)
そもそも私と歯についての戦いは15年くらい前から戦いは始まっていた。まだ小学生だった頃に、アゴが狭くて歯並びがひどい、直したほうが良い、と言われてアゴを拡張してから矯正するという荒業をしていた。(仮にその矯正歯科の先生をS先生と置こう。今回の話、登場人物が多すぎる。)S先生は良心的な価格で的確な矯正治療をしてくれる先生で、当時まだ保険適用でなかった小児の矯正歯科を頼むならココだ、と母が口コミを得て選んだのだ。ただし!家から1時間ぐらいかかる。遠すぎ。
中学生ぐらいのときに、主要な矯正を終えて上の前歯の歯並びや下の真ん中の歯がねじれている(?)件などが解決した。以降、思春期やら大学受験やら大学生活やらで歯医者に1時間もかけて行ってられるかよ、という状況になりすっかり足が遠のき、おそらく最後にS先生のメンテナンスを受けたのは学部2年のときだった。
・私と歯との戦い(23歳・虫歯ができた編)
しばらく音沙汰のなかった歯との戦いが再燃したのは修士2年のとき。右上の奥歯が急に痛くなり、大学近くの歯医者(UクリニックF先生)に行ったらガッツリ虫歯だった。将来虫歯にならないように矯正したはずなのに、愚かすぎる。泣く泣く銀歯に。
このF先生のところでレントゲンを撮ったところ、普通の20代であれば生えているはずの歯が埋まっていることが明らかになる。左上の奥歯(7番というらしい)と左下の奥歯(これも7番)。親知らずも埋まってる。横向きに埋まってる。もはや生える意思を感じない生え方。
S先生にかかっていた頃はまだ小さかったから、いつか生えるか~と話していたやつだ。お前まだ埋まってたんかい。
F先生のところでは右下の7番の虫歯も直してもらったのだが、ケチってレジンで埋めてもらってしばらく放置してたらこれが新たな火種になる。(後述)
・私と歯との戦い(24歳・たらい回され編)
コロナ禍でしばらく通院できなくなったあと、親知らずが気になってきたので再びF先生のUクリニックに行く。抜歯の難易度が高そうなのでクリニックに来る口腔外科の先生(仮にA先生とする。名前忘れた)に頼むが、矯正も必要になるだろうから過去にお世話になった矯正の先生がいるならまずはそこに相談するように、と言われる。
後日矯正のS先生に聞いたところ、抜歯と矯正が必要になると言われる。ただしF先生のところで言われたプランと似ているので(Uクリニックには矯正歯科の先生も来る)、だったらUクリニックでも良いか、という結論になり終わる。
この結論を持ってUクリニックに戻り、歯科医F先生と口腔外科A先生と3人で話していたら、「矯正する気があるなら矯正歯科S先生に抜歯の指示を出してもらうべき」と言われる。えええ。口腔外科A先生には決定権がなく、誰かの指示でないと抜歯ができないらしい、ということをここで知る。
再度S先生のところに戻る。矯正の方針は色々あるがまずは口腔外科A先生に抜歯してもらってS先生のところで矯正しよう、と言われ、指示書を出してもらう。
ここで私、忙しすぎてしばらくのブランク。痛恨のミス。
・私と歯との戦い(25歳・研究が忙しすぎる編)
しばらくしらばっくれていた歯医者だが、右下の奥歯が痛くなってきて無視できなくなってきた。UクリニックF先生を受診。親知らずはS先生からの指示書もあるし口腔外科A先生に抜いてもらおう、という話になる。
迎えた口腔外科A先生の診察日。ついに抜歯されるのか、と思ってたら「指示書が数ヶ月前のものだし(←これは私の過失)、"抜いてください"としか書いてない、この歯並びはそんな簡単に抜けるもんじゃない、S先生のところで再度状況を整理して大学病院の紹介状を書いてもらえ」とキツめに言われる。思わず泣いてしまう25歳。我ながら驚きの展開。
…っていうか口腔外科A先生は元々矯正歯科S先生の指示を受けて抜くって言ってましたよね?私がもらってきた指示書は何だったんすか…
・私と歯との戦い(26歳前半・虫歯しんどい編)
25歳の終わりの方で私は別の病気をして入院してしまい、就活もあってすったもんだ、ようやく落ち着いた頃にUクリニックの歯科医F先生の診察を受ける。
以前レジンで埋めていた右下奥の7番を埋めなおしましょう、と言われてレジンを外すとあらビックリ、意外と虫歯が進んでいた。虫歯部分を削る段階で冷や汗かく痛さ、もう二度とこんな目にあいたくない私は再発確率が下がるセラミックで埋めることに。自費~~!
虫歯はもう嫌なので親知らずを何とかする意思を強く持った私。入院して服用している薬が増えたこともあり、親知らずの相談は大学病院に行くことにした。F先生は「紹介状は書きますよ」というのだがどこに行くべきかは教えてくれない。そんなあ…
・私と歯との戦い(26歳後半・大学病院に行く編)
とりあえず無難そうな大学病院に紹介状を書いてもらい、初診に行く。レントゲンのあとにCTまで撮る。ようやく診察。
すると大学病院口腔外科のY先生が険しい顔をして「F先生の紹介状には"親知らず抜いてください"しか書いてないので困る、どこの親知らず抜いてくださいなのか明確に書いてもらって」と言われる。もうこれって誰が悪いんだ?歯科医F先生?矯正歯科医S先生?口腔外科A先生?わたし?わたしの歯並び?あ、それか。
そこで私は「色々すったもんだあってどうすれば良いか本当に分からないんです。。。」と正直に伝えたところ、「じゃあうちの矯正歯科の先生と話してみる?」と提案してもらう。口腔外科Y先生、あなたは神?
そんなわけで急きょ矯正歯科のM先生を紹介してもらう。経験豊富そうで明確な言葉で説明してくれる先生だ。
矯正歯科M先生が話してくれた結論はこう。
「あなたの歯並びはなぜか生えるはずのものが生えていない、それを正しい位置に生やすことを第一に考えるべきだが、そのためには親知らずを抜く必要がある。ということは矯正歯科と口腔外科が連携できる大学病院で処置をするのが一番いい。」
諸先生がた……最初からそう言ってよ……
そんなわけで次回!「私と歯との戦い(27歳・肝心のタイミングで引っ越す?編)」に続く!(はい?!)
221206 記録
・論文アクセプト
主著論文がアクセプトされた。これで3報目。
博士課程修了に向けて色んな意味で本格的追い込みに入ったのが6月なので、6か月でここまで来たことになる。長かった。体感1年ぐらい。
今年は自分の論文2報と既に卒業した後輩の論文1報を仕上げたので相当頑張った年だった。でも、今となっては殆どボスの力だったようにも思う。
論文を仕上げるには、どうしたってボスの脳みそを借りなくてはいけない部分がある。特にストーリーの組み立ての部分。実験結果は私が取ってきて、元となる背景も私が勉強したものだけれど、それなのに、教授が組み立てたストーリーは私の想像の域を超えた鮮やかかつ納得がいくものだった。特にIntroductionやDiscussionのセクションでは私が箇条書きで出したアイディアをたった一晩であまりにも綺麗に組み上げるので、自分のアイディア、自分の論文なのに感動してしまった。大自然を前にした時の感情に近い。ボスは科学を(科学の世界の中で)コミュニケーションすることのプロなんだなと思う。
とはいえ元のアイディアをめげずに組み立ててきたこと、気が遠くなるような細かい確認を重ねてきたこと、自分の気まぐれな集中の波をうまく捕まえて原稿をコツコツ進めたこと、あたりは自分で自分を褒めたいと思う。おつかれ私。
・新生活
今日は循環器内科の通院。超音波検査では、血栓は少し減っていたようだ。
そこで話題として出てきたのが転院の話。
3報目アクセプトに伴い、いよいよ今年度中の学位取得が現実的になってきた。となると春からは会社で働くわけだが、ちょっと問題がある。高確率で関西に引っ越すことになるのだ。転院の話をすることで、自分の中でもなんだかリアリティが出てきた。
内定先は、初任給は悪くない。むしろかなり良い。それならお金を気にせず東京や横浜に帰ればいい……かというと実は違って、家賃補助がないので実質的に使える収入は意外と少ない。大穴だ。知ってたけど。
でも定期的に東京に帰りたい。実家もあるしパートナー氏もいる。だからまずは固定の出費を抑えることを目指す。(ほぼ期待してないけど)寮暮らしを視野に入れたり、コスパの良い住まいを探したり、食費を節約したり、等々。
次に、コスパの良い帰省方法を考える。安い手段を使うのもそうだし、例えばカードでマイルを貯めて飛行機で使うのもアリ。そして大事だと思うのは気持ちの効率。1泊2日で月1回帰るよりも、3泊4日で2月に1度帰るほうが良いのかもしれない。祝日を使えばもっと長く帰れるかも。ここは個人的な研究課題として面白いかもしれない。
そして最後に、わざわざ関西にいる意味が見いだせなくなったら、さっさと東京近郊に帰ってくること。
今のところの目安は30歳。30歳になるまでに、意味を感じられるようにならなかったら、見切りをつける。会社に骨をうずめる、みたいな発想は元から向いていないし。いつでも辞めてやるぞ、と思っていたぐらいのほうが緊張感も出ると思う。
関西転居問題、もう少しじっくり考えて基準を決めておきたい。目まぐるしく働き始めるより前に決めたほうが良さそうだ。
・大きな買い物
D論執筆を始めたタイミングだというのにPCの調子が悪く、耐え切れずに思い立って3時間くらいで選んだ新しいPCを買った。先代PCと同じメーカー、同じモデル、CPUの性能だけちょっと良いやつ。まあ、先代PCを選ぶときに相当検討しているので妥当なコスパだとは思った。そして何より時間がない。あと1か月ぐらいでD論のコアの部分を仕上げなくてはならない。このタイミングで先代PCが逝ってしまったらすべてがおしまいだ。
買ってから届くまですごく気持ちが憂鬱だった。納期がはっきりしないのになぜ買ったのか、性能は?2年前に買ったものより5万円も高い。なぜ?勢いに任せただけだったのでは?大丈夫か?画面の綺麗さで選んだが、どうせモニターに繋ぐならもっと軽いモデルにすべきだったのでは?
今朝受け取ってからも悩んだ。周波数?が先代よりも低い。大丈夫なのか?変なもの掴まされてないか???
今のところの結論としては、「使ってみなきゃ分からない、失敗だとしたら勉強代にするだけ」という感じ。
こういった言葉は何か悩んだときに両親(特に父親?)が言ってくれた言葉だったが、いつのまにか自分で自分に言えるようになっていた。感慨深い。
221012 記録
・食生活を立て直す
最近、食生活を立て直そうと頑張っている。
放っておくとコンビニごはんだらけになってしまって、何ならご飯を抜きがちになって、多分そのせいで歯の調子まで悪くなってきた。そもそも入院中の方が元気って絶対何かがおかしいし、入院中と違うのは食事のはずだから、食生活を何とかしようと決めた。宅配で食材が毎週届くサービスに登録して、強制的に食材を受け取り1週間かけて消費する生活を始めた。
おかげで週の大半は自炊、ボスに誘われてごはんに行く以外は自分で作ったご飯を食べる、という極めて丁寧な暮らしを送れている。生理痛は脂質の取りすぎで悪化するらしいが、油少なめを心がけた結果ずいぶん軽くなった。体調も良い。
その代わり生活に占める義務感の割合は増えた。小さな冷蔵庫がすぐにギチギチになってしまうから、どうやって食材を消費するかという悩みが常に頭の隅にある。あとキッチンが狭いから(図面には「ミニキッチン」と書いてあったほど)、どうやってこのスペースで2品3品作るかという戦略も必要だ。結構疲れる。
就職をするから、来春にはどこかへ引っ越す可能性が高い。引っ越す先は勤め先から近くなくていいから広めの部屋が良いな。できれば1LDKでコンロは2口以上、大きめの冷蔵庫が入るスペースがあると良い。っていうかできればパートナー氏と一緒に暮らしたい。遠距離の可能性が高いから望み薄なんですけどね。
・いつか来る引っ越し
来年の春に就職を控えている。ということは来春以降は会社の都合でばんばん引っ越す可能性があることを意味している。どうせ働くなら会社を通じて好きなことを楽しくやってやろうというスタンスなので「やらされ感」みたいなのは少ないが、とはいえ自分以外の誰かに暮らし方を決定されるのは久しぶりだ。こう考えると大人になったもんだ。
私は神奈川に実家がある。パートナー氏は東京に住んでいる。なのに私は大阪で働くことになる可能性が非常に高い。それを知ってて就職を決めた。客観的に見たら無計画すぎる選択。それが最近どうしても怖い。なんでそんなん選んじゃったんだ。
頭では分かっている。私はどう頑張っても自分の欲求込みでしか動けなくて、「指示された通り」とか「上の意図を汲んで」みたいな器用なことができない。だからこそ自分が欲を抱けるような仕事を選んだ。十分分かっている。実は神奈川で就職する可能性もあったけど、どうしても大阪のほうに惹かれてしまった。実家にもパートナー氏にも相談して決めた。
なのに怖い。誰も知らない土地に住まうこと、話す言葉の雰囲気が異なる人に囲まれること、自分がやってきた人付き合いの方法が通じないかもしれないこと。いまはそれが無性に怖い。
220716 記録
・視覚化
ボスから「各種しめきりを把握しておいて」と言われ、どうせならと思ってパワーポイントでまとめた。こうして、衝動で視覚化するときが私にはある。
10月までに論文執筆を終えないと。まずい。
ついでに月末に報告をせよとの命を受けたのでスライドを作り始める。過去の自分がけっこうしっかりまとめてくれていた。
が、統計解析の手法で悩み始める。一元配置分散分析でいこうと思うが、二群間の比較になっているデータもあるので全て同じ解析はかけられない。自分の中では理屈があるが、なんだかモヤモヤ。
220708 記録
・執筆開始
いつからを「執筆開始」と呼ぶか難しいところだが、かなり気乗りしているし急いでもいる今ぐらいをそう呼ぶこととする。
修士1年のころからやろうやろうと思っていた実験群は、地固めの期間と重い腰を上げるための期間になんと4年ほど要してしまい、しかもいざやってみると主要なデータは1ヶ月と少しで取れた。そんなもんだよな。
修了のためにもあと1報は出したいので今週中に骨子を作ろう、と思ったらいつの間にかもう金曜日である。昼間のひどいニュースのおかげで気が滅入っており、短期的に集中力が出ている。とりあえず今のうちに進められることを進める。
・Target Journalを決める
論文誌は星の数ほどあって、アイドル戦国時代が可愛く思えるほどの群雄割拠状態。そもそも普段論文を読むときも雑誌の目次ではなくキーワード検索や引用/被引用の関係性から見つけてくるので、教授から「どこに出したい?」と聞かれても、自分が読んできた数百本?千余本?の論文の中でもトップジャーナル以外は雑誌自体の印象が残っていないのが悲しくも事実。
微妙なニュアンスの違いで論文誌が住み分けされているのでピッタリくる雑誌を見つけた時の感動はでかい。そして「先祖代々」系の研究ではない私にはこれが特に難しいように思う。
先週末に作っておいた論文の骨子をDeepLにつっこんで英訳、英語で直接肉付け修正して(超適当)、各出版社のmatching toolに突っ込んでいく。現在投稿作業中の論文よりは今回の論文のほうが内容が一般ウケする?ようなので、納得感ある結果が出てきた。
ここから、first decisionまでの時間やacceptance rateなども少し気にしつつ相性が良さそうなJournal候補をピックアップ、来週頭に教授に相談。
うん、これだな。この計画でいくぞ。がんばれ私。
220620 記録
・結婚と出産について思うところ
孤独に対する恐怖と、欲深くなることについて。
2年近く前まで、私は一人で過ごしていた。友達付き合いがさほど上手くない上に兄弟もいないので、いつか孤独のまま死んでしまうことを恐れつつ、半分ほど受け容れながら過ごしていた。無理をしてまで誰かと一緒に居るよりは、一人で楽しく過ごした方がいい。
その後、幸運にも素敵なパートナーができ、日々一緒に(物理的に一緒でないことも多いが)過ごしてきた。今では、パートナーの存在を「当たり前」と思えるほど。
この時点で、もう十分に恵まれた。もうこのまま死んでしまったとして、孤独をめぐる満たされなさは解決している。
そのはずなのに、自分の脳裏には「結婚・出産」という言葉がちらついてしまう。
漠然と、結婚・出産はいつかするだろう、と思ってきた。幼稚園で将来の夢を聞かれた時に、「お嫁さん」とわざわざ答える必要ないだろ、誰でもいつかなる、と思ったくらいには昔から、今までずっと。
そのことについて、ふたつの意味で怖くなる。実現できるか分からない怖さと、思い込んでいること自体に対する怖さ。
そしてそれらに、どうやら一人で向き合わなくてはならないらしい、という孤独。
パートナーは、どちらについても積極的に考えたことがないという。その意見も尊重すべきだと思う反面、特に出産にまつわる年齢面での焦りやキャリア形成の見通しを良くしたいという思いからなかなか冷静になれない。もっと主体的に考えてくれ、明確な理由とともに話してくれ、漠然と否定しないでくれ、と言えたらどんなに楽だろうか、と思う自分がいる。
理由を求めるのは難しいことだ。私も、なぜ結婚・出産をしたいと思っているか、理由を明確に説明するのは難しい。
母に聞くと「理由なんてない、やってみないと分からない」という。結婚・出産したから私がいるわけで、ものすごく生存バイアスのかかった意見ではある。
「やってみないと分からない」という言葉それ自体には同意する。日頃意識して心がけているくらい。
でも、特に出産なんて「やってみる」感覚でやることではないのでは。人間1人の、場合によっては100年くらい続く人生がかかっている。
何かを慈しみたい、という根源的欲求のために、ひとつの命を産み落としてよいのだろうか。エゴになりはしないか。生存・繁栄に腐心しなくなった状況の人間には、そのような元来常に曖昧にされてきた厳しさが襲い掛かっているように感じる。精神的な厳しさ。
こうしてひとり静かに焦って、ロジックを組み立てようとしても上手くいかず、次第に焦っている自分に虚しくなって、疲れて気持ちにふたをして、というサイクルの頻度が徐々に高くなってきた。
孤独の先にあるのは、次のレベルの孤独だった、ということなのか。そんなに簡単に諦めて良いのか。
パートナー氏にも、同じくらい考えていて欲しいのになあ。
(この間、日本人は他人に自分と同じ苦労を強いる傾向にあるのでは、という話を聞いてゾッとした。的中。)